モーリス・ルブラン その他の作品 ――あらすじ――

死者の婚礼

 若く美しい妻ベルトランドを亡くしたアンゲランは悲しみに暮れます。彼女と過ごした懐かしい日々、二人だけの楽しい喜びの時間は、もう戻っては来ないのです……。
 そんなアンゲランが亡き妻の通夜をしていると、一人の男が彼に近づいてきました。その男は隣人のユーグ伯爵でした。
 アンゲランの目の前で、ユーグ伯爵はベルトランドの亡骸にかがみ込み、何と、こともあろうに唇を合わせたのです……!
 当然アンゲランは、この死者を冒とくする伯爵のあまりにもひどい行為に抗議します。しかし伯爵は、アンゲランを突き放し、彼に向かって冷たくこう宣言するのでした……。
《 出て行きたまえ! 彼女の亡骸は、今日からわたしのものなのだ……! 》
 この小説は、ルブランが「ルパン・シリーズ」に手を染める前に書かれた初期の頃の作品です。ずっと心から愛していた女性の死後、彼女の魂ではなくて、肉体をその代わりに手に入れようとするユーグ伯爵の異常心理……。本当の“愛”とは? 読者は伯爵の行為に戦慄を覚えるかもしれません……。



赤い鍵

 「私」は旅行の道すがら、久しぶりにウーベールとルドルフに会いました。彼らとは少年時代に一緒に仲良く勉強したり、遊んだりした幼なじみで、二人ともモルビアンに隣り同士で住んでいたのです。
 三人はウーベールの家で食事をしますが、「私」はふと、ウーベールが結婚していたことを思い出し、彼に尋ねてみました。
 「私」がその話をしたとたん、ウーベールは悲痛な面持ちで沈黙し、やがてその結婚生活の模様を語りだすのでした……。
《 僕が半年あまり不在にしていた時に、妻は不倫を働いたんだ……そして彼女は僕と別れて、好きな男と一緒になりたいと言った。それから彼女は、こんなことも言ったんだ!…… 》

―― ウーベール、わたしはあなたの名誉を守るために、事を大げさにして離婚してくださいとは言いません。その代わりにいい方法を考えついたの! わたしは死のうと思っているのです……

 妻のあまりにも唐突な告白に戸惑い、ふつふつと怒りがこみあげるウーベール……そんな彼に対して、彼女はさらにとうてい信じ難い、驚くべき相談を持ちかけます……ウーベールは彼女を引き止めることはできないと悟ると、その提案に従ってしまうのでした。
 彼女の考えついた方法とは、自分の死を偽装することによって、ウーベールと穏便に別れようというのです! 彼女の棺が置かれる地下室の鍵を相手の男性に渡せば、二人はきっぱりと別れられ、彼女は好きな男と一緒になれるというわけです!
 この話にびっくりする「私」にかまわず、ウーベールは話を続けていきます。そして、ルドルフに何やら意味のある目くばせをしながら……。
 この話の最後で、赤く錆つき、血のような色をした地下室の鍵をルドルフに見せ、その復讐を果たすウーベールの行為に戦慄せずにはいられません。彼の妻は一体どうなってしまったのでしょうか……?



記憶のある男

 弁護士の「ぼく」が列車で旅行していると、一人のある男が彼の車室に乗り込んできました。その男は奇妙な人物で、「ぼく」に向かって、《 やあ、また会いましたね! 》 と気安く声を掛けてきたのです。
 「ぼく」はその男のことを知りません。一度も会った記憶がありませんでした。しかし、彼があまりにもしつこく話しかけてくるので、「ぼく」は、《 ……ひょっとしたら、以前どこかで会ったことがあるのかもしれない…… 》 と思ってしまいます。
 彼は、ロック氏と名乗りました。やはり聞いたことのない名前です。その場は互いに名刺を交換して別れたのですが、翌日「ぼく」は、新聞を見て驚きました。なんと、あのロック氏が三人の乗客を殺害し、逮捕されたというのです!
 「ぼく」はロック氏の弁護を引き受けることにしました。そして処刑日の前日、彼の独房を訪ねた「ぼく」は、意外な、とうてい信じられない告白を聞くのでした……。
 この作品では、いわゆるデジャヴュ( déjàvu = 既視体験 )や、輪廻転生のことが取り上げられています。自分自身を実験台にして、心理学の深みにはまっていくロック氏の悲劇……彼が絶えず繰り返されていく自分の “宿命” から逃れるために罪を犯し、その結果、処刑の直前に味わう、おそろしく悲痛な姿はとてもむごいものです……。
 一人の男の頭のなかで起こっている不可思議な出来事を通して、人間の前世や記憶など、脳の未知なる領域について深く考えさせられる作品です。



真紅の封蝋(ふうろう)

 妻ジャックリンヌを亡くしたギョームはある夕暮れ、彼女との懐かしい思い出にひたろうと、二人で取り交わした手紙を読み返してみようと思いました。
 ギョームが、二人の手紙が全部収められている小箱を開いて見ると、一通の赤い封蝋のされた見慣れない手紙が出てきました。気になって封を解いてみると、なんとその手紙は、友人のラファイエルから妻あてに送られた恋文だったのです!
 彼は二人の仲を疑い嫉妬にかられ、家を飛び出すと、ラファイエルのいるクラブへと出向き、決闘を申し込みます。そして、見事にラファイエルを倒すのですが……。
 妻と友人の不倫の手紙を見つけたと誤解し、怒りにまかせて暴走するギョーム。また、婚約が間近にせまっていたのに、何の罪もない恋人ラファイエルを殺されてしまう若い女性アンリエットの悲劇が描かれます。
 やがて真相を知って愕然とするギョームは、何も知らずにもうすぐ恋人に会えると無邪気に喜ぶアンリエットに、何の言葉もかけることができないのでした……。
 二人はこのあと、どうなってしまったのでしょうか? これから予想される悲劇に、一抹の不安を感じさせる短編です。



作った艶書(えんしょ)

 エルベ・ドヌウは最近、彼の若く美しい妻マルスリイヌの心がわからなくなってきています。結婚してから三年経ちますが、なぜ彼女が、自分のような安月給取りで、年取ったさえない男と結婚したのかがどうしてもわからないのです。そんな彼が妻に尋ねてみると、いつも同じ答えが返ってくるのでした。
《 あなたを愛しているからですよ……それでいいじゃありませんか…… 》
 妻のこの返事は、本当に彼女の本心なのでしょうか? 美しい彼女の心の奥底には、何が隠されているのでしょうか? 彼はどうにかしてその秘密を知りたいと思います。そして彼は、偽の艶書(恋文)を作って彼女に送り付け、その本心を確かめようとするのでした……。
 待ち合わせの公園で見張りつづける夫……果たして妻はやって来るでしょうか? もちろん、やって来ればそれは、彼ら夫婦にとって “愛情の破綻” を意味するのですが……。
 妻の心を理解できない夫……そんな彼の目の前に、とうとうマルスリイヌの姿が現れます! やはり、彼女は艶書を見て、居るはずのない男に会いにきたのでしょうか……?
 最後の場面で、妻への疑いが晴れ、泣きながら許しを請う夫をマルスリイヌは冷たくつきはなします。そしてひたすら後悔し、妻への愛情とともに、これまでに感じたこともなかったこの上ない幸福感にひたる夫の姿が印象的です。
 ある夫婦の他愛のないエピソードが短いながらもよくまとまっていて、なにか考えさせられるものがあります。



赤い輪

 アメリカのある受刑者病院に収容されているジム・バーデンは、通称「赤い輪のジム」と呼ばれる恐るべき男でした。ジムの右腕に時々現れる「赤い輪」は、彼を一瞬にして狂暴な性格に変えてしまいます。そのため、ジムは今まで数々の犯罪を重ねてきたのでした。
 若き法医学者マックス・レイマーは、ジムをある種の精神病者と見なし、これまでにも彼の挙動を注意深く観察してきました。
 そんなジムが釈放されることになります。その日、一台の自動車が受刑者病院の前に止まりました。中から降りてきたのは富豪の未亡人トラビス夫人とその娘フロレンスでした。彼女たちは慈善活動をしており、釈放されるジムのために衣類や仕事の世話をするためにやってきたのです。
 ジムは荒々しく彼女らの申し出を断り、刑務所から出て行こうとします。しかし、心優しいフロレンスは、ジムに援助の手をさしのべようとします。そんな彼女を苦々しく思うジムの右腕には、あの「赤い輪」が浮かんできていました……。
 フロレンスに襲い掛かるジムを取り押さえたのは、この釈放に立ち会っていたレイマーでした。そして彼は、街へと出て行くジムを追跡し、その隠れ家を発見します。しかしジムは、自分の「赤い輪」による宿命に絶望し、息子のボブとともに自殺を図るのでした……。
 「赤い輪」の遺伝を持つ親子がいなくなり、人々は胸をなでおろします。そんな折、レイマーは街で自動車に乗ったある女性の手を見かけるのでした。彼女の手にはあの「赤い輪」がくっきりと浮かんでいたのです……。
 「赤い輪」の烙印を持つ女性――フロレンスはやがて、さまざまな犯罪を引き起こします。しかし、彼女はジムとは異なり、貧しい者や、罪におとしいれられた人たちを救うため、彼女の善良な「赤い輪」の本能に導かれるまま、犯罪を続けていくのです……。
 「赤い輪」の遺伝を受け継ぐ謎の女性をレイマーは追い続けます。そんなレイマーをひそかに恋い慕うフロレンス……。たとえ正義のためではあっても、罪をおかしていることには変わりない……フロレンスは自分のしていることに傷つきながらも、またレイマーにはけっして知られてはいけないことと思いつつも、弱者をすくうために犯罪を重ねるのでした……。
 物語の進行とともに、近づいたり離れたりしていく二人の関係……。フロレンスは、遺伝によって縛られるこの不可思議な「赤い輪」の存在を断ち切ることができるのでしょうか? やがて、逮捕され法廷で裁きを受けるフロレンスに、彼女が助けた人々が、次々に彼女の無実を叫ぶ最後のシーンが感動的です。



三つの目

 ある秋の日、ヴィクトリアンは、伯父で発明家のノエル・ドルジュルーからとても不思議なものを見せられます。伯父の研究室の壁に設置されたスクリーンにうごめくもの……それはぴくぴくと動く、まさに生きているとしか言いようのない『三つの目』でした。
 彼らがその幾何学的な形をした『三つの目』を見ていると、じきにある映像がぼんやりと、そして徐々にはっきりと浮かび上がっていきます。
 ドイツ軍に処刑されるイギリス人の看護婦の映像……モンゴルフィエ兄弟の熱気球の実験の模様……そして、ドルジュルーの最愛の息子の戦死の場面……。これらの映像は、一体何を意味するのでしょうか? また、映写機もないというのに、どこから映し出されているのでしょうか? 困惑するヴィクトリアンと同様、この『三つの目』を発明したドルジュルーにも、およそ理解することのできない、それは不可思議な現象だったのです……。
 やがてドルジュルーは、自分の“発明”した『三つの目』の秘密が他人に奪われることを非常に恐れます。甥であるヴィクトリアンや、一緒に暮らしている名づけ子の若い娘ベランジェールにすらもその秘密を隠し、『三つの目』の映像を見られることを、かたくなに拒むのでした。
 そんな二人はある時、伯父の研究室にこっそり忍び込み、映像をなんとか見ようと試みます。そして彼らが見つめるなか、ようやくスクリーンに映し出されたものはなんと……ヴィクトリアンとベランジェールのキスシーンでした……!
 不可解な『三つの目』の秘密をめぐってある犯罪が企まれ、やがてノエル・ドルジュルーは何者かによって殺害されてしまいます。次第に事件に巻き込まれていくヴィクトリアン。そして、彼のもとから姿を消したベランジェールは、この事件で一体、どのような役割を果たしているのでしょうか? また、『三つの目』とは一体何なのか……?
 二人の若い男女のすれ違う愛情が絡み合いながら、物語は進行していきます。そして『三つの目』に隠された、この映像を送り続けるある “存在” からの、われわれ人類に対して込められた驚くべき “メッセージ” が明かされていきます。



ノー・マンズ・ランド――驚天動地――

 第一次大戦が終わってしばらくたったころ、英仏海峡では、不思議な現象が発生し、恐ろしい海難事故が多発していました。海峡の中間海域で巨大な竜巻や暴風雨が発生し、そこを通る船舶はひとたまりもなく、海の藻屑と消え果ててしまっていたのです。
 そんなとき、ディエップの船主の息子・シモン青年は、イギリス貴族の娘のイザベルと恋仲になります。二人は結婚を誓い合いますが、イザベルの父親のベークフィールド卿は、シモンの家の身分が低いことが気に入らず、二人の結婚を許そうとはしませんでした。
 頑迷なベークフィールド卿の反対に遭い、結ばれぬ二人はついに駆け落ちを決意し、航海の危険を承知で〈クイーン・メアリー号〉に乗船しフランスへと旅立ちます。しかし、やはり恐れていた通り、二人を乗せた船は途中で暴風雨に遭い、恐ろしい渦巻の中へと呑み込まれてしまったのです……。
 幸いにも危機を脱出したシモンとイザベルは、フランスへと無事にたどり着きました。しかしイザベルは、ほかの乗客たちを見捨てて自分たちが生き残ったことに激しいショックを受け、シモンの前から姿を消します。そんな傷ごころのシモンたちに追い討ちをかけるかのように、フランス・イギリス両岸地域では、いまだかつて誰もが経験したことのないような、驚天動地の大異変にさらされることになるのです……!
 数日間におよぶ大地震や津波、暴風雨のあと、英仏両国のあいだには未知の土地が浮かび上がります。その土地で繰り広げられる殺人・略奪・犯罪の数々……。いまだ英仏両国の司法権のおよばぬこの処女地で、暴徒化した人々は、それぞれ思いのままの生活を始めようとしていました……。
 この土地を初めて横断することに成功したシモンは、〈山猫の目〉と名乗るインディアン・アントニオと美しく魅惑的な娘ドロレスらとともに、ある犯罪が未開の処女地で企まれていることを知り、ふたたび冒険へと出発します。そして彼らは、イザベルとベークフィールド卿らが、その犯罪に巻き込まれ、ならず者たちによって連れ去られてしまったことを知るのでした……。
 シモンたちはイザベルの危機を救うため、地図もない土地に馬を走らせ、わずかな手がかりをもとにして追跡を始めます。時間がたつごとに死の危険が迫るイザベル……。シモンは、仲間のインディアンの裏切りや、浮浪者たちの襲撃を受けながらも、麗しいインディアン娘ドロレスとともに旅をつづけます。そんな危険と背中あわせの旅のさなか、二人の男女はやがて、互いの存在を意識しあい、心を惹かれあっていくのでした……。
 愛する女性を救うために西部劇さながらに展開するシモンの冒険と、そんな彼をかなわぬ恋ながらも、ひたむきに慕うドロレスの一途な姿が印象に残ります。



旅行用金庫

 ストックホルム市のある会場で、ド・ホルバン夫人の誕生パーティーが開かれます。その席上、ドイツ人の紳士アンデルマットは、彼女のためにルネッサンス様式の素晴らしい細工が施された『旅行用金庫』( 婦人用の化粧箱か? ) をプレゼントしました。
 もちろん、ド・ホルバン夫人はとても喜びます。その細工はフランス美術の粋(すい)を集めた、とても見事なものでした。そして夫人は、このパーティーの賓客の一人で、フランス人の青年ジョルジュ・デトゥールに意見を求めます。
 ジョルジュはこの工芸品を手に取り、感激した面持ちでしばらく眺めていましたが、ふと贈り主のアンデルマットに奇妙なことを尋ねるのでした。
《 あなたは戦争中、どちらに従軍しておられましたか?…… 》
 ドイツ軍の侵略によって、ジョルジュの故郷は破壊され掠奪された……その指揮をとっていたのは……なんとアンデルマットだったのです! この衝撃的な事実が、『旅行用金庫』の正当な所有者であるジョルジュによって、淡々と語られます。
 しかしジョルジュは、アンデルマットに対して少しも感情を面に出すことなく、むしろ他人事のように振る舞うのでした。そのわけは……?
 戦時中の悲劇がさりげなく語られ、そして掠奪以来ずっと所有していながら、この『旅行用金庫』に隠された “真の値打ち” について、まったく見抜くことができなかったドイツ人・アンデルマットに対する “面当て” のような形でこのエピソードは終了します。



綱渡りのドロテ

 女曲芸師ドロテに率いられた少年サーカス団は、興行の旅の途中、ロボレー城を中心とするシャニーの村にやってきました。この “ロボレー” という言葉を聞いて、ドロテは少なからず驚きます。単なる偶然のことなのかもしれませんが “ロボレー” というこの言葉は、彼女の父親が死の直前に言い残した、特別な言葉だったのです……。
 彼女はこのロボレーの城館に、父親の死によって真相が途絶えてしまった、ある秘密が隠されていると思いました。そこで彼女は、サーカスの興行をきっかけにして、城主のオクターヴ伯爵夫妻の信頼を得て、その謎を解き明かそうとします。
 城には、伯爵の従弟たちが招待されていました。そのうちの一人、デストレシェールは、伯爵たちに気づかれぬように、城の周囲で何かを探索しているようなのです。ドロテはすぐさま彼の陰謀を見抜き、その計画を阻止しようとします。また、城の噴水の大理石に彫り込まれた “fortuna” というラテン語から、隠された財宝の存在を指摘するのでした。
 彼女が伯爵夫妻たちにこの話を持ち出すと、彼らは大いに驚き、彼らの先祖から代々伝わる財宝の話を始めるのでした。そして実は、ドロテ自身も、この財宝や伯爵一族と、ある深い関わりがあったのです……。
 漠然とした財宝の伝説を信じる人々……。ドロテの父親も、彼らの一族につらなる人物でした。そして、その秘密を明かす唯一の手がかりである「黄金のメダル」を持っていたドロテの父親は、財宝を独り占めにしようと企むデストレシェールによって、無残にも毒殺されていたのです……!
 ドロテは、父親を殺した悪人・デストレシェールの執拗な襲撃を受けながらも、従兄の一人であるラウルとともに、消えたメダルのありかをめぐって捜査を始めます。そして、ようやく見つけだしたメダルには、“In robore fortuna” の銘文が書かれていました……。
 メダルに刻印された日付と集合場所をたよりに、ある古城にたどりついたドロテは、そこでイギリス、アメリカ、イタリアなどから集った遠い血のつながりを持つ青年たちと一堂に会するのでした。そして、彼らはそれぞれが、200年前に生存したあるフランス貴族の末裔であることを確認しあい、先祖の残した遺言をたよりに、城のどこかに隠された財宝を探しに行くのです……。
 ドロテたちの先祖である “侯爵” の残した財宝のありかはどこなのか? そして、“侯爵” の遺言にある“奇跡の復活”とは、いかなるものなのか? 財宝だけでなく、美しいドロテをも手に入れようと、よこしまな陰謀を企むデストレシェールの存在が、緊迫感をもたらします。
 物語の最後で、ドロテが、自分が発見した財宝のことに目もくれず、ラウルや外国の従兄たちに、《 四人のサーカスの子供たちだけが、わたしのすべてなのです…… 》 と言い残して、再び放浪の旅へと立ち去る場面が、とても感動的です。



プチグリの歯

 内務大臣ルクスバルはその執務室で、ある三人の人々を待っていました。その人たちはヴェルネー伯爵夫妻、そしてマキシム・レリオという元兵士でした。ルクスバルはあるスキャンダルを自ら尋問するために、彼らを待っていたのでした。
 そこへ、総理大臣から直々に任命された刑事、ヘルキュール・プチグリがやって来ます。彼は痩せこけて貧相な身なりをした男で、口の利きかたもぞんざいですが、こと捜査に関しては驚嘆すべき能力を持っていたのです。そしてその口には、笑うと不気味な糸切歯が見えます……。
 もちろん、ルクスバルはプチグリを馬鹿にして、最初から相手にしないことにしました。そうしているうちに、待っていた三人がやって来ます。
 ルクスバルは雄弁な調子で彼ら三人の関係を究明し、事件の真相を言い当てます。その事件とは、ヴェルネー伯爵夫人が、欧州大戦で戦死した息子を愛するあまり、国家に尽くした名もない英雄たちが眠る “無名戦士の墓” にひそかに埋葬させるため、夫やマキシム・レリオに働きかけて “遺体すり替え” をしたというものでした。もちろん、これは戦争で死んだ英雄たちに対する冒とく行為であり、またフランス国民が知ることになれば、一大スキャンダルにまで発展する重大事件だったのです。
 ルクスバルに詰め寄られた夫人は泣き叫び、《 わたしの息子も無名の戦士です……! 》と訴え、罪を告白してしまいました。ルクスバルは追って処置を決めると三人に申し渡し、引き取らせたのですが……そこへ、今まで黙って四人のやり取りを聞いていたプチグリが意見を言い出します。彼の考えとは……?
 長い間刑事として経験を積んだ老練なプチグリが、巧妙な手段で伯爵に真実を語らせ、優れた明察で事件の真相を見ぬき、最後には頑固なルクスバルさえ感嘆させる姿に脱帽します。またプチグリが、あの不気味な “犬牙”(きば) を見せて笑いながら、権柄ずくの内務大臣に対して薀蓄(うんちく)のある言葉をぬけぬけとほざく場面がとても痛快だと思います。



バルタザールの風変わりな毎日

 モンマルトルのバラック街に住む哲学教授・バルタザールは孤児でした。青少年時代からさまざまな職業を渡り歩き、肉親の愛情に飢え、人生の辛酸をなめてきた彼は、非日常的な “冒険” というものを、初めから信用していません。
《 日常の生活はつまらない毎日の連続だ。冒険など存在しないのだ 》
 バルタザールはこの信念を固く信じ、彼の忠実な秘書であり教え子でもある少女・コロカントにも、日々そのように教えを講じていました。
 そんなバルタザールでしたが、ある日一通の手紙が彼のもとに舞い込んできます。それはなんと、バルタザールのまだ見ぬ実の父親からの手紙でした……!
 この手紙をきっかけとして、彼の父親と母親を名乗る人物たちが次々と登場し、バルタザールは自分の固く信じている哲学とは裏腹に、さまざまな “冒険” へと、しだいに巻き込まれていきます。
 バルタザールの身元の唯一の証拠とされる胸に刻印された “M・T・P” の入墨の秘密とは? つぎつぎに現われる、彼の肉親を名乗る人物たちとの関係は? そして、バルタザールはいったい、誰の息子なのでしょうか……?
 やがてバルタザールは、この理解しがたい不可解な一連の出来事の果てに、生命の危険にさらされるような “冒険” に遭遇します。そんな絶体絶命の危機のさなか、へこたれそうになるバルタザールをかいがいしく世話し、優しくはげますコロカント……。バルタザールはそんな彼女をやがて、いとしく思い、自分のもっとも大切な人だと思うようになっていくのでした……。
 物語の最後で、牧師との問答の果てに、もっとも身近な人への “愛” に目覚め、再び人生の “冒険” へと歩みだすバルタザールの姿が、とても印象に残ります。



ジェリコ公爵

 地中海沿岸のカンヌに近い別荘地に滞在するナタリーたちは、海賊ジェリコの噂を聞きます。ジェリコは地中海を荒らしまわり、悪の限りをつくし、現代の海賊を自称する恐るべき男でした。
 別荘でくつろぐナタリーとその友だち数人は、ジェリコの話題で盛り上がります。そして、同席した知り合いの医師から、別の超人的な一人の男の話を聞かされるのでした。彼の名はエレン・ロック男爵……。彼は二年ほどまえ、瀕死の状態で海に漂流しているところを救われ、以前の記憶をすべて失くしてしまった男でした……。
 ナタリーはこの話を聞くと、このエレン・ロックに会ってみたいと思います。そして、冗談半分にその名前を呼ぶと、《 ……お嬢さん、わたしの名を呼びましたか? 》と、なんとテラスの影から、一人の男が現れたのです!
 この男、エレン・ロックも、海賊ジェリコと同様、不思議な雰囲気を持つ男で、ナタリーたちは彼のさまざまな能力にあっけにとられます。
 そしてエレン・ロックは、この別荘を訪問した理由、《 今夜、この別荘がジェリコによって荒らされます…… 》という、恐ろしい情報を伝えにやって来たのでした……。
 ナタリーはこの不思議な魅力を持ち、また自分の危機を救ってくれたエレン・ロックに対して、次第に惹かれていき、そして影響されていきます。しかしその影響力は、自尊心が強く意地っ張りなナタリーにとっては、とてもがまんのできないことだったのです……。
 エレン・ロックに対して揺れ動いていくナタリーの気持ち……そして、彼を避けようとして逃げ出すナタリーの目の前に、いつでも姿を現わす謎の男エレン・ロック……。二人の男女は奇妙な運命の糸に結ばれ、自動艇でナタリーを追いかけてきたエレン・ロックに導かれるまま、二人はシチリアへとやってきます。そこで彼女が耳にしたことは、父親の死の真相と、ジェリコ一味が執拗に狙うメダルについてのことでした……。
   エレン・ロックの失われた記憶……彼は一体、何者なのか? 次第にエレン・ロックとジェリコとの意外な共通点が明らかになっていきます。
 物語の最後でナタリーたちは、ジェリコが生まれ育ったというブルターニュ地方の古い城館へとやってきます。そこで明かされるエレン・ロックの過去と、『ジェリコ公爵』の秘密とは、果たして何なのでしょうか……?
 何もかもが明らかになり、記憶のよみがえったエレン・ロックが自身の罪の意識を悟り、愛するナタリーに対して、《 あなたにふさわしい人間になって、きっと戻ってきます…… 》と言い残して去っていく姿と、その彼を待ち続けようとするナタリーの姿がひときわ印象に残ります。



真夜中から七時まで

 若く活発な “いまどきの娘” ネリー=ローズが所属している慈善事業団体は、最近、募金が思うように集らず、経営のやりくりがうまくいっていません。この事業をなんとか軌道に乗せたいネリー=ローズは、ある名案を思いつきました。
 彼女の考えついた方法とは、募金してくれた人に対して、それぞれに見合ったある特賞を与えるというものでした。こうすればより多くの人が、この慈善計画に好奇心を向け、募金もたくさん集るというわけです。
 団体の運営委員会に《 あなた自身はいったい、寄付のお返しとして何を与えるつもりですか? 》と問われたネリー=ローズは、思わず《 わたしは何でもお望みのものを与えるつもりです! 》と答えるのでした。
 もちろんこれは、彼女自身が特賞の対象となり、もし望まれれば、彼女自身が募金者の意のままになる、というように解釈できます。ネリー=ローズは、あとになって自分の軽率な発言に気づきます。しかし、この彼女の提案に感動した友人の一人が、あるポーランドの雑誌に彼女の写真とともに、この風変わりな思いつきを掲載してしまいました。
 ポーランドでこの掲載された記事を知った詐欺師のバラトフは、ネリー=ローズに対して欲望を燃やし、彼女を我が物にしようとして500万フランの小切手を発行します。そして彼女に《 指定した日の真夜中12時から朝の7時まで、わたしと一緒に過ごすのだ…… 》という手紙を、ネリー=ローズ宛てに送りつけるのでした……。
 バラトフの仕事の協力者で、危険なスパイ活動に身を置く青年・ジェラールは、このバラトフのよこしまな計画を知り、彼もまた、ネリー=ローズに対して興味を持つようになります。そして、パリについたジェラールは、バラトフの魔の手からネリー=ローズを守るため、自分をバラトフと偽って彼女のアパルトマンを訪ねます。そんな二人の男女が真夜中に密会しているあいだ、バラトフの泊まっているホテルでは、ある恐ろしい事件が発生していました……。
 思いもよらぬ殺人事件の疑いをかけられ、ナンタス警部のきびしい尋問を受けるジェラール……。そんな彼の無実を信じるネリー=ローズは、自分のスキャンダルになることもかえりみず、ジェラールの疑いを晴らすため、事件の取調べ現場へと駆けつけるのでした……。
 物語の最後で、ネリー=ローズはノルマンディーのジェラールの故郷へと、まるで引き寄せられるように訪ねます。そんな彼女と再会したジェラールの《 きみのことを待っていた…… 》という優しい言葉がとても感動的です。



赤い数珠

 パリ近郊にあるドルサック伯爵の館で、狩猟の開始日を祝うレセプションが開催されました。伯爵は親しい友人たちを招き、また村人たちも参加して、楽しいひと時が催されます。
 実はドルサック伯爵は、妻のリュシエンヌが病身であることをいいことにして、以前から友人であるベルナールの美しい妻・クリスチアーヌに熱い恋心を燃やしていました。そして、彼女が招待されたこの機会に、彼女をなんとしても自分のものにしたいと思い立つのでした。
 さて、伯爵たちとその友人たちがレセプションのあと、会食をすませくつろいでいると、遊び好きのレオニーが余興のつもりで占いを始めました。やがて彼女は、自分の占いの意外な結果に恐れおののきながらも、その不吉な “予言” を皆に向かって話し始めます……。
《 この城館で強盗が起きます……そして、殺人が……ああ、おそろしい……! 》
 このレオニーの言葉を聞いた全員は恐れをなし、落ち着きをなくすのでした。そして、どこかから誰かの叫び声が、皆の耳に飛び込んで来たのです……。
 豪胆なドルサックは、レオニーの予言など聞いても平然としていましたが、ほかの皆も、やがてそんな不吉な占いのことは忘れてしまい、全員で庭園のイルミネーションを見に行こうということになりました。
 ドルサックはクリスチアーヌに愛を告白するため、突然振り出したにわか雨のどりゃ振りを利用して、なんとか二人だけになれるように努力します。そんな彼のよこしまな心を察して、クリスチアーヌは彼を懸命に避け続けるのでした。館に戻った二人が、そんな恋の鞘当てをしている最中に、戻ってきたレオニーの夫・ブレッソンは、ある人影が館の二階の窓から出てくるのを見たとドルサックに証言します……。そして、女中のアメリーも、ドルサックの妻・リュシエンヌが雨の中、外套を着こんで外に出ていったと証言したのです……。
 彼らの証言を聞いて、最初は平然としていたドルサックも、しだいに不安になっていきます。《 病身で不眠症のリュシエンヌが、なぜこんな雨のなかを外に出かけていったのだ……? 》
 そして、先ほどのレオニーの予言が的中し、金庫から何者かが多額の証券を奪って逃走した証拠が発見されます。また、外をさ迷い歩いていたと見られていたリュシエンヌも、あろうことか寝室の中で無残に殺害されていました……。
 この奇怪な事件の捜査を担当した予審判事のルースラン氏は、その司法官としての長年の経験から、事件の背後には男女の情痴がからんでいると見抜きました。彼は自分から当事者たちに対して尋問を行なうことなく、城館に集った人々を互いに対決させていきます。そしてのらりくらりと、まるで彼らの複雑な人間関係や心理状態を楽しむかのように、事件を捜査していきます……。
 ルースラン氏のたくみな心理捜査や、城館に集った人々のあいだの疑心暗鬼は、やがてこの事件の深い闇の部分に光をあてていくことになります。いったい、真犯人は誰なのか? 証券の盗難や殺人は、どのようにして起こったのか? 物語の進行とともに、男女の愛情のもつれ、そして犯罪の真相が暴かれていきます……。


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